AWS(Amazon Web Service)は機能性、柔軟性、可用性に富んだクラウドサービスです。自社設備として社内やデータセンタに設置して利用するオンプレミス(On Premise)環境と比較すると、初期・運用コストの削減、ITエンジニアの生産性向上など、様々な点において優れています。
では、既存のオンプレミス環境をそのままAWS環境に移行することで、恩恵を受けることができるのでしょうか。
大量のデータがクラウド上でやりとりされ、場所やデバイスを問わずアクセスできる時代ですが、それぞれの環境におけるメリット・デメリットを理解しないまま移行するのは、運用コストの増加、システムの長期停止といった失敗事例も多くリスクが高いと言えます。本記事では、オンプレミス環境・AWS環境それぞれの特徴と、それらを活用した移行プロセスについて解説していきます。
1.オンプレミス環境からAWS環境へ移行の課題
オンプレミス環境からAWS環境への移行には様々な課題があります。まず、AWS環境・オンプレミス環境における代表的なメリットとデメリットを紹介します。
AWS環境のメリット
●初期投資が不要で、利用した分だけ請求される
AWSはアカウント登録するだけで「サービス」としてあらゆる仮想コンピューティングのリソースをすぐに利用でき、利用した分だけ請求が発生します。
●スケールアップ・ダウンが容易
AWSは仮想コンピューティングのリソースを自由にカスタマイズすることができます。リソース増減、スケールアップ、ダウンの実行を即時に実現可能です。
AWS環境のデメリット
●利用量の計算を誤るとコストが増加する
利用した分だけの請求のためコスト削減に繋がる一方で、余剰なリソースや過剰な起動時間など管理を怠ると請求料金が増加するリスクもあります。
●独自のカスタマイズが難しい
AWSの代表的なサービスであるElastic Compute Cloud (EC2) は、Infrastructure as a Service (IaaS)型の責任分界点モデルです。仮想基盤、ネットワークは事業者側の責任となるため、カスタマイズやトラブル時の調査を十分に行うことが難しくなります。
オンプレミス環境のメリット
●自社環境に適用した独自システムを構築できる
オンプレミス環境はサーバを「所有」するケースがほとんどであるため、責任分界点は完全に自社内にあります。そのため、細部にわたり独自システムをカスタマイズすることが可能です。
●予算を予測しやすい
オンプレミス環境の初期コストは、事前に予算が明確化されます。運用コストについてもデータセンタのような設置コストが対象になるため、固定費として予算化しやすいでしょう。
オンプレミス環境のデメリット
●初期、運用コストが高い
自社独自のシステムを「所有」するオンプレミス環境では、多額の初期投資が必要となります。また運用コストについても、定期的なメンテナンスや老朽化に伴う更改、再構築作業を全て自社で行う必要があります。
●システムの拡張性、俊敏性が低い
システムリソースの拡張は、ハードウェアやソフトウェアの制約によって、できる場合とできない場合があります。また、機器調達に時間がかかり、必要な時にすぐ対応することが困難です。
それぞれの環境における代表的なメリット、デメリットを紹介しました。これらの環境の違いは、根本的に「サービス」なのか「所有」なのかという点だと言えます。 システムの利用目的や取り扱うデータの重要度によって、それぞれ一長一短はありますが、近年ではそれぞれのメリットを掛け合わせたハイブリッドクラウド環境を構築する企業も増えています。
2.ハイブリッドクラウド環境の特長
なぜ近年、ハイブリッドクラウド環境が増えているのでしょうか。その要因・特長について紹介します。
ハイブリッドクラウドとは?
ハイブリッドクラウドとは、AWSのような「サービス」として利用できるパブリッククラウド環境と、自社内に「所有」するオンプレミス環境、もしくはプライベートクラウドと呼ばれるオンプレミス型で専有タイプのクラウド環境のメリットを組み合わせて利用する形態のことです。
ハイブリッドクラウドのメリット
既存のオンプレミス環境では、ハードウェアの寿命やサポート・ライセンスの残り期間等がある場合、有効な状態のものを破棄してAWS環境へ移行することは一般的に困難です。 しかし、ハイブリッドクラウド環境では、既存のオンプレミス環境やプライベートクラウド環境のメリットを残しながら、AWS環境のメリットを活かす「共存」が可能です。 これは、将来的にAWSへ完全に移行したい場合にも大変有効な構成であり、ハイブリッドクラウド環境の導入は、オンプレミス環境からAWS環境への移行のためのファーストステップとしても重要なプロセスと言えるでしょう。
ハイブリッドクラウドのデメリット
オンプレミス環境にかかる運用コストとAWSサービス料金が発生するため、利用用途を明確にしないと2重コストになるリスクがあります。また、それぞれの環境を接続する方法を検討する必要があるでしょう。この接続方法は、運用コスト上大きなポイントとなります。
AWS環境とオンプレミス環境を「共存」させるハイブリッドクラウド環境は、双方のメリットを活用した構成であり、オンプレミス環境からAWS環境への移行計画において重要なプロセスであると言えます。そのため、ハイブリッドクラウド環境を「目的」として導入するよりも、将来的にAWS環境へ移行するための「手段」として取り入れている企業が増えています。次項では、より具体的な移行方法について紹介します。
3.オンプレミス環境からクラウド環境への移行方法について
オンプレミス環境からAWS環境への移行について、AWSが提唱する移行戦略の「7R」を紹介します。
- ①Relocate(リロケート)
- ②Rehosting(リホスト)
- ③Replatforming(リプラットフォーム)
- ④Repurchasing(再購入)
- ⑤Refactoring(リファクタリング)
- ⑥Retain(保持)
- ⑦Retire(廃止)
これはAWSが提唱するフレームワークです。AWS環境に移行するほとんどの企業が、上位3つのRelocate(リロケート)、Rehosting(リホスト)、Replatforming(リプラットフォーム)のフレームを活用しています。それぞれどのような特徴があるのか見ていきましょう。
●Relocate(リロケート)
システムが動く場所を変えてしまうという考え方です。オンプレミス環境でプライベートクラウド環境(VMware)を利用している場合、マイグレーション機能(vMotion)を使ってAWSへすべての仮想コンピュータリソースをそのまま移行することができます。
●Rehosting(リホスト)
オンプレミス環境で動作するアプリケーションの形を変えず、そのままAWSのEC2サービスの中で展開されたOS上に移行する方法です。AWSへ移行するユーザの約70%がこの方法を利用しています。また、プライベートクラウド環境で構築された仮想サーバも、OSイメージをEC2にレプリケートするサービス(CloudEndureMigration、AWS Server Migration Service)に対応しています。
●Replatforming(リプラットフォーム)
AWSにシステムを移行する際にミドルウェアを別のものに変える、もしくはOSをバージョンアップし、中身のデータを移行するという考え方です。比較的高価なデータベースサーバに対して用いられる手法です。
オンプレミス型プライベートクラウドの優位性
上記で紹介したこれらの移行方法は、既存環境が仮想化されていることで、より効果的にシームレスな移行が実行できます。そのため、移行計画の事前プロセスとして既存のオンプレミス環境を、オンプレミス型プライベートクラウド環境に集約しておくことが有効です。
ハイブリッドクラウド環境は最も有効的な移行プロセス
AWS環境は、初期コストなどインパクトのある費用比較がされがちです。しかし、リソースの選択や、管理方法を誤ると利用料金が増加し、周囲の理解を得られず移行計画が頓挫するケースも実際よく発生しています。 また、今まで「所有」していたシステムを「サービス」として利用するため、一定以上のAWS運用スキルが必要となり、ITエンジニアの負担増加にもつながります。 そのため、移行計画は必要最小限に立案し、安全性と投資効果を確かめながら順次移行していく計画が望ましいでしょう。そこで、AWS環境と既存オンプレミス環境の「共存」を前提としたハイブリッドクラウド環境が大変有効と言えるのです。
4.最後に
AWSは、Total Cost Ownership(TCO)というハードウェアを購入してから廃棄するまでに必要となる総保有コストで効果を測定する事を推奨しています。インパクトのあるコスト比較だけではなく、時間をかけて人・モノ・場所にかかる全体コストを見る必要があるということです。
ITシステムの製品ライフサイクルは短く、目的や用途によってシステムが構築されるため、全体的な資産管理として整合性をとるのが大変難しいとされています。そういった観点からも、ITシステムは「所有」よりも「サービス」として利用するのが望ましいと言えます。
ぜひこの記事を参考にして、AWS環境の移行計画を進めていってください。計画の立案、TCOの効果測定については、専門家の支援も受けながら実行していくとよいでしょう。
AWS導入を検討している方、またAWSの運用に課題をお持ちの方、まずはお気軽にご相談ください。